HOME > 新着情報「今、あらためて高石中事件を問う」

2013年「今、あらためて高石中事件を問う」

 高石中事件は、今からおよそ32年前の1980年9月16日に起こりました。大阪の高石中1年の男子生徒の一人が金銭の恐喝を伴う校内暴力に耐えかねて自ら命を絶った悲惨な事件です。自殺した両親によって校内暴力の実情の一端がわかり、学校に生徒を通わせている親や地域の住民は、学校のあり方に不審の目を向けました。マスコミをはじめ住民が高石中に殺到したのに対して、教育委員会と校長らは、当初から裁判を想定し、「窓口一本化」と称して、教師に箝口令を敷き、校長と教頭以外が事件の実情について語るのを禁止しました。これに対して泉北教組は、「すべてを明らかに」の方針のもとに、どこの学校でもこのような悲惨な事件が起こり得ることを知らせ、学校の荒廃を学校関係者だけでなく、地域の親や住民と力を合わせて克服する方針のもとに取り組みました。しかしながら、この取組は、官僚主義学習会の顧問である赤松清和氏の再三の忠告にもかかわらず、私たちが、一部共産党員の運動方針の妨害を克服するまでの姿勢を堅持できず、また、彼が提起した運動方針に対する理解不足および取組の稚拙さによって失敗しました。このことは、私たちが発行した『孤塁をまもった人』に詳述していますのでぜひごらんください。  高石中で起こったような事件は、滋賀県大津市で見られるように、今もなお繰り返されています。校内暴力は、強者が弱者を抑え付け、暴力を肯定している大人社会の反映だと思われますが、その大人社会の方は、いよいよ弱肉強食の状態がすすんでいます。マスコミが「勝ち組」と「負け組」なる言葉を流行らせ、差別選別の風潮を肯定的に思わせる思想が当時よりもいっそう強くなっています。
 また、1958年、全国の教職員が父母と力を合わせて阻止した勤務評定が50年以上経って現実のものになり、露骨な仕方で教師に圧力をかけ、権力に従順なもの言えぬ教師をつくり出しています。校長が児童・生徒や父母に教師の評価票を提出させ、その校長を教育委員会が評価する。しかも、当該の教師には自分がどの部分を評価されているかはわからない。そして、教師に等級をつけて、賃金に差をつけたり、首を切ったりするといったことです。 第二次世界大戦での教訓から学んで、国民は、新しい憲法のもとに、時の支配者が教育を左右することのないように教育を行政から切り離す目的で教育諸法を施行しました。そのために教育委員会は公選制になり、住民の直接の信託を受けるようになりました。しかし、それはほんのわずかな期間で、支配権力によって、教育委員は首長による任命制に変えられました。さらに教頭法、主任制と学校の中に上意下達の官僚制度が持ち込まれました。また、教育内容も支配権力によって意図的に変えられるように学習指導要領に拘束され、教科書が国定化されてきました。いずれも憲法で保障された国民主権の精神に反する方向です。  そのなかで学校荒廃はいよいよすすみ、学校教育に対する父母・住民の不満が広がる中で、最近では、橋下大阪市長は「教育委員会無用論」まで口にし始めました。「有権者の委託を受けた行政の長である私が教育に直接口出しできないような制度は、無用である。私の意見が有権者の意見である」とする実に短絡的な言い分です。これこそ、戦前、教え子を戦場に送った為政者の意のままに国民を教育する仕組みに外なりません。有権者は、彼を首長に選んだとはいえ子どもの教育まで委託したものではありません。
 国民の意見が政治に反映するように憲法が制定され、教育基本法や学校教育法が作られました。また、労働者が無権利状態にならないように労働基本法や労働組合法がつくられました。その中で、一人一人の働く者が生活する権利を保証できるように民主的な労働組合が作られました。学校で教育に従事する教職員は自らの基本的権利を保障し、国家権力のいいなりになって、再び教え子を戦場に送らないために日教組を創立し、権力の専制に抗して民主教育を実現しようとしました。これは、学校民主化の方向であり、一人一人の児童・生徒が自分たちの力を信じて学校に通うことができる方向でした。事実、戦後からしばらくの間、学校生活を送った人々の多くは、学校生活が楽しかった思い出があるのではないでしょうか。 しかし、支配層は主にマスコミと教育をつかって、教育の中立性の名のもとに次第に支配を強める方向に日本社会を変えていきました。受験競争を煽る社会、競争を煽って一握りの資本家が利益を得る社会の方向です。学校荒廃の真の原因はここにあります。ところが、権力は、学校荒廃の原因までが日教組にあるようにデマ宣伝して組合攻撃をしています。しかし、事実は組合の構成比率が減少し、教職員の団結力が弱体化する中で学校荒廃が強まって来たのです。権力者が自分たちの利益のために教職員を支配しようとする方向ですから、必然的に子どもたちにもそれが反映し、力で他人をねじ伏せることが当然であるかのように考えるのももっともな話です。歴代為政者が反動的な教育を強める中で学校荒廃が起こってきたのです。 「すべてを明らかに」方針は、学校の日常の営みを学校外の父母・住民に知らせ、また、逆に父母・住民の生活の実情や意見を教職員が知って、協力し合って非行・退廃を克服する方針でした。働くものが団結を強め、自らの力で学校から差別選別の教育を正し、すべての子どもが等しく教育を受けられるようにする社会の実現を目指したものでした。このことは、児童・生徒が孤立状態に置かれている中でますます必要になってきている方針ではないでしょうか。
                                              2013年6月19日  官僚主義学習会

Copyright (C) 官僚主義学習会.All Rights Reserved.